アーユルヴェーダで鼻炎治療

慢性的な鼻炎をどうにかしたいと思い、
アーユルヴェーダの医院を受診したのですが、
個人的なメンタリティの問題にもの凄く踏み込まれて、
とても嫌な気分になった。

その治療者によれば、鼻炎の問題は体の代謝の問題で、
体の代謝はメンタルの問題とのこと。

で、こちらの認知のありようだとか、
目的を持って生きるとか、殆ど自己啓発セミナーのような
話を聞かさたのです。

現在働いていないのはあなたが自分で決めているのだとか、
労働市場の問題には全く触れずに。

当然こちらとしては、そんな話まともに受け入れられないので、
社会環境による自己形成の話等して対抗したのですが、
後になって考えると、単純に医療の範囲を超えた話は受け入れないということで
済ませばよかったかなとも思う。

その日は主に、主体があるかないかでさんざん揉めた。
大体、私が簡単にその治療者に言いくるめられたとしたら、
そもそも主体なんかあるのかって話じゃないですか。
所詮インストール可能な主体ですよ。
向こうはそういうレベルでは主体について検討してないっぽかったです。

それと、意識は自分の中の物でしかないという話と、主体はあるという話が、
どうように両立するのかについてもきちんと説明できていなくて、
ただアーユルヴェーダには両方あるとしか言っていなかった。

私はアーユルヴェーダの信者ではないから、単にアーユルヴェーダではこうですと言われても、
当然理解できないのです。
医学の言説に置き換えるとかしてもらわないと無理。
医学の話だって普通は噛み砕いて説明を受ける訳だし。
なので更に仏教の話しとかされると、、、もう、、、。

個人的に仏教への興味はあるし、そういうものについて科学的な説明がなされているのは知ってますが。

最後の方で、認知の問題ならアーユルヴェーダが必ずしも必要ではなく、
むしろアーユルヴェーダ的に良くないとされている行い(日常生活で)をしたとしても、
認知が上回れば(目的に向かって行き来と生きるとか)健康なのかと尋ねたら、その通りとのことでした。

まあ、それで自分の中でもやもやしてたものは大分晴れたんですけどね。
まともにアーユルヴェーダ的な生き方してたら、普通の社会生活できませんから。

しかし、そんな感じなら今回施術しなくていいじゃんとはならなくて、
週3回で2週間受けるという話にはなった。

最後にその人は私に「凄くプライド高い」と
負け惜しみなのか嫌みのように言ってきた。
そういうことは言えば言う程、自分の価値を下げるということを知らないらしい。
彼は今まで殆ど信者のような患者しか相手にしてこなかったんだろうなと思う。


施術が始まるまでの1週間ほどは、アーユルヴェーダをというか
その治療者をある意味で脱構築できたことで、結構気分が良くて、
代謝が上がったのか、鼻の通りも良かった。

因に診察費は自費診療なので6300円した。